8. 先天奇形
1)キアリ奇形と脊髄空洞症
脳および脊髄周囲には脳脊髄液(のうせきずいえき)という透明な液体が循環している。この液体が脊髄の中に貯留した状態を脊髄空洞症(せきずいくうどうしょう)(図8-1)と言う。従来診断はかなり難しかったが、MRIの導入により比較的容易に画像診断ができるようになった。
しかし、この疾患を疑って脊髄MRI検査をしないとなかなか診断できず、現在でも脊髄空洞症の初期像をとらえることは困難である。発症は小児だけに限らず、乳幼児から高齢者まで広い年齢層にわたる。空洞症は脊髄の中で左右どちらかに若干偏って存在することから、背骨周囲にある筋肉の麻痺の程度に左右差が生じて側彎症(背骨の彎曲)を生じることがある。とくに小児期でみられ、脊髄空洞症の25%に存在すると言われている。脊髄空洞症の治療を行うと不思議なことに背骨の彎曲も消失する。
空洞は脊髄のなかに形成されることから脊髄の中心部を通る温度と痛みの知覚神経の障害を起こす。一方、脊髄の周辺部を通る触覚の神経は温存されることから、知覚の選択的障害が生じる。これを解離性知覚障害(かいりせいちかくしょうがい)といい、脊髄空洞症はその代表的疾患である。
脊髄空洞症の原因は多くの場合、キアリ奇形という合併疾患による。キアリ奇形は小脳の一部が脊柱管内に下降脱出(図8-1、8-2)して脳と脊髄間の脳脊髄液の循環障害を起こし、脊髄空洞症をきたす。したがって、治療は脊髄空洞症よりもキアリ奇形の治療を先行させる。
なによりも早期診断、治療が必要である。脊髄空洞が存在すると周囲の正常の脊髄が圧迫をうけ、長期におよぶと周囲脊髄の変性萎縮に陥り、耐え難い手足のしびれ、痛み、筋力障害が残る。治療は手術が基本で、頭蓋・頸椎移行部の減圧術が行われる(図8-1~8-3)。この手術が無効な場合には脊髄空洞-クモ膜下腔短絡術(図8-4)が実施される。
キアリ奇形&脊髄空洞症 症例1
図8-1 キアリ奇形と脊髄空洞症の頭蓋-頸部MRI所見および3次元CT
a:手術前のMRI、b&c:手術後2年のMRI、d:手術後2年の3次元CT。
a中の点線は小脳の正常の下限位置で、↓の部分が下方に突出したところを示しています。*の部分が脊髄空洞で、この存在により脊髄腫脹がみられます。
bおよびcは2年後のMRIです。脊髄空洞は残存していますが、縮小し、脊髄の腫れはみられません。また、小脳は頭方向に上昇し、キアリ奇形は改善しています。
dは右後方より頭蓋-頸椎移行部をみているものですが、手術により第1頸椎椎弓が切除されています。
図8-2 キアリ奇形と脊髄空洞症例の手術所見
硬膜切開後、クモ膜で覆われた小脳の下端部(小脳扁桃と言います)の上下運動to-and-fro movementが明瞭になった。
図8-3 硬膜減圧部にゴアテック製の人工硬膜でパッチをあてて、周囲硬膜と結紮縫合し、硬膜形成を行った術中写真。
図8-4 neoveil®およびフィブリン糊で髄液漏防止対策を行った術中写真。
キアリ奇形(30代、女性) 症例2
図8-5 キアリ奇形の頭蓋-頸部MRI。
左:術前T2強調像矢状断面、右:術後1年のT2矢状断面像。
図8-6 図8-5と同一症例の術中所見。
左:硬膜切開後、右:自家大腿筋膜による硬膜形成術後。
キアリ奇形&脊髄空洞症(10代、男性) 症例3
図8-7 脊髄空洞症を伴ったキアリ奇形の頭蓋-頸部MRI。
左:術前 右:術後3カ月
図8-8 図8-7と同一症例の術中所見。
左:硬膜切開後像で、下降した小脳扁桃がみられる。右:自家大腿筋膜による硬膜形成術後。
キアリ奇形&脊髄空洞症(60代、女性) 症例4
図8-9 脊髄空洞症例に対する空洞-クモ膜下腔短絡術の一例
術前の頸椎MRIの矢状断面像(a)と水平断面像(c)。第2頸椎から第1胸椎レベルの脊髄内に空洞(←、↑)がみられる。
脊髄空洞-クモ膜下腔短絡術後、空洞のサイズは縮小している(b、d)。術後CT(e)で空洞内に留置されたシャントチューブ(←)が認められる。
2)仙骨神経周囲嚢腫(Tarlov嚢胞)sacral perineural cyst(Tarlov cyst)
仙骨神経根嚢胞は特にS2-S3レベルの仙椎に多くみられる神経根周囲の硬膜下腔の拡張で、くも膜下腔と連続性があります。多くは無症状で、成人の約5%に認められ、MRIで偶然に発見されます。時に坐骨神経痛、腰痛、両下肢後面の内側のしびれ、膀胱直腸障害を起こすことがあり、ADLおよび仕事上、大きな支障をきたす場合には手術適応があります。
図8-10 仙骨嚢胞のMRI像。術前MRI矢状断の嚢胞(左上、赤矢印)は術後縮小している(右上、青矢印)。
術前圧迫扁平化していた神経根(左下、赤矢印)は、術後5年のMRI横断面像で除圧されている(右下、青矢印)。