受験生と自然気胸について②

自然気胸の治療について教えてください
患者さんのためのQ&A

自然気胸は15歳~25歳くらいの男性に多い病気で、やせ形で多少神経質な方、学業成績の良い方に多い印象があります。
この年齢層はちょうど受験生や学生に当てはまります。特に受験生や受験生をお持ちの親御様にはご心配がおありかと思います。

自然気胸に対する手術

自然気胸の多くの肺には、肺を覆う胸膜が肺から離れて膨れ上がる、ブラ(またはブレブ)*といわれる袋がみられます。ブラは大部分が肺の一番上(肺尖部)にあります。
肺は常時陰圧(吸いだす力)に晒されているので、一旦袋ができると自力では元に戻せません。このブラが陰圧に負けて破裂した結果、肺内の空気が胸腔(胸)に移行して気胸となるのです。
従って気胸の手術は、このブラを処理することになります。

自然気胸の多くの肺にはブラという袋がある

自然気胸の多くの肺にはブラという袋がある

気胸手術の変遷

気胸の手術には歴史的な変遷がありました。
気胸に対する手術が古くから行われていたのはヨーロッパです。ヨーロッパでは胸の中に刺激性の薬剤を撒いたり、胸膜を摩擦して炎症を起こし、肺と胸を癒着させる方法が主流でした。
これに対して日本では、ブラ自体を処理する方法が主流でした。
今から30年前頃までは、脇の下を10㎝ほど切開し、ブラを直接見ながら手術が行われました(開胸手術)。様々な手術が行われましたが、代表的なのは周りの肺に縫い込む手術(肺縫縮術)です。

胸腔鏡手術の出現

1990年頃から、小さな傷からカメラなどを入れて行う胸腔鏡手術が始められました。胸腔鏡手術では手が入らないので、直接肺を縫うことができません。
それに代わって、エンドステープラーという器具が出現しました。これは細い棒のような器具の先端でホッチキス(英語ではステープルと言います)を複数列打ち、その間をナイフで切る装置です(肺部分切除術)。一度の操作で安全に肺を縫って切ることができます。肺の胸腔鏡手術はこの装置の開発により可能になったともいえる画期的な製品です。
胸腔鏡手術の出現により、若い男性に多い自然気胸は、軽い侵襲で安全に手術が行われるようになりました。術後の痛みもグンと小さくなりました。
多くの胸腔鏡手術は胸に小さな傷を数か所開けて行うのが普通です(多孔式胸腔鏡手術)。
初期には胸腔鏡による気胸手術は再発が多いという欠点がありました。その後さまざまな改良があり、現在では2‐3%程度まで低下しています。

エンドステープラーをつかった胸腔鏡手術

エンドステープラーをつかった胸腔鏡手術

最近の単孔式胸腔鏡手術

10年ほど前から、胸腔鏡手術を一つだけの傷で行う、単孔式胸腔鏡手術が行われるようになりました。一つだけの傷では操作に制約があり、すべての手術に行われるわけではありませんが、気胸の手術の多くは操作が比較的単純であり、現在私たちの施設ではほとんど前例を単孔式胸腔鏡手術で行っています。
単孔式胸腔鏡手術では当然ながら傷が一つだけで、傷の痛みもさらに小さくなりました。現在では多くの患者さんが手術後2日以内に退院され、抜糸のために外来に受診されるときには痛みを訴える人は少数にとどまります。

単孔式胸腔鏡手術

単孔式胸腔鏡手術

肺切除術と肺縫縮術

ところで胸腔鏡手術ではエンドステープラーを使ってブラのある肺を切り取ることがゴールドスタンダードになっています。
もともと気胸の治療はブラを肺から隔離することが必要なのであり、切り取ることまで必須ではありません。
さらにステープラーで使用されるのは金属製のステープルで、一旦使用されたステープルは終生、身体に遺残します。もちろん金属の安全性は確認されており、金属アレルギーでもなければ大きな問題にはなりません。
とはいえ、切り取らなくてもいい肺であれば、切り取らない治療があってもいい、と私たちは考えています。
そのために方法が二つ考えられます。
一つは以前に行われていた肺縫縮術です。肺縫縮術では吸収性の糸を使用するので、最終的には身体に何も残らず治療が完了します。
しかし初めに述べたように、小さな傷から器械を入れ、肺を縫縮するのは技術的に難しいのです。

当院のブラ結紮術

代わって、ブラの根元を吸収性の糸で縛る方法があり、以前から行われていました。ちょうどブラを頭にしたてるてる坊主を作るような手術です。
これは一個のブラが山のてっぺんに位置するようなブラには行うことができます。
この方法では肺をまったく傷つけないので、いっそう身体に優しい手術と言えます。
もっともこの方法は、ブラの状況によっては行えないことも多く、例えばブラが連なっている場合や、周りの肺が傷んでいて縛る場所を特定できないときは、標準的なステープラーを使用することになります。

自然気胸の再発

自然気胸は一旦治っても再発することが最大の問題です。
最近は手術もよくなりました。基本的には処置したブラは再発の原因になりません。手術後の多くは①反対側のブラが破裂するか、②手術側の新しくできたブラが破裂するもので、その確率は5%以下程度です。

受験生のために

自然気胸は10代半ばから20代半ばまでに好発する病気で、30歳以降はブラがあっても丈夫になるようで、このタイプの気胸になることはほとんどありません。
ブラの破裂により自然気胸が生じます。ブラはすべて破れるわけではなく、破裂には精神的なストレスが関係していることも明らかです。
先に述べたように現在ではブラの処置のほとんどは、一か所の傷から行う胸腔鏡手術で可能です。
気胸になったからといって再発を恐れて頑張りを手控えることなく、キチンと手術でブラを処置し、心おきなく受験勉強に励んで頂きたいと思います。
たかだか肺に空いた小さな穴のために大きな夢をあきらめないようにしてください。私たちは受験生を応援しています。


*ブラとブレブ:専門的にはブラとブレブは違うものです。しかし治療上はほとんど同一に扱われるため、ここではまとめてブラと記載させていただきました。

執筆

総合東京病院

気胸センター長/呼吸器外科部長

森川 利昭

気胸センター

公開日:2024年9月17日 |最終更新日: |カテゴリ:医療コラム
医療コラムトップページ