乳腺温存療法手術後の全乳房照射は、乳がんの再発を減らし生存率を改善するとされ、術後に標準的におこなうことが推奨されています。これまでは、50Gy(グレイ)という線量を25回に分割して(すなわち1回2Gy)照射することが通常でした。さらに、5回くらいのブースト照射という追加もしばしばおこないます。合計30回、週5日間照射すると6週間の平日を治療に要することになりますが、若い方も多い乳がん患者にとっては、仕事、育児などにも支障をきたします。またお年寄り、遠方の方には通院自体が大変です。
例えば頭頸部がんや肺がんなどの成長の早いがんでは、正常組織と比較してがん組織は放射線障害からの回復が少ないと言われています。そこで何回も分割して照射することで、正常組織の場合は照射してから次の照射までに障害の回復があります。しかし腫瘍では回復しない(実際には回復が少ない)ため、何回にもわけて照射を行います。照射すればするほど、正常組織と腫瘍と回復の程度が強調されることになります。
平明に説明するのは難しいのでここでは詳しくは述べませんが、この回復性(正確には回復し難さ)の度合いをアルファベータ値(α/β値)と言います。正常組織のアルファベータ値が3程度であるのに対して、多くの腫瘍では10程度です。正常組織のほうが腫瘍よりアルファベータ値が低い場合は、分割の回数を増やすことによって障害の程度が「腫瘍>正常組織」となり、利点が大きくなります。
しかしこれまでの研究で、多くの他の腫瘍と違って、乳がんや前立腺ではアルファベータ値が正常組織より低いことがわかっています。すなわち、理論的にはむしろ分割の回数を少なくした方が、正常組織の障害よりも腫瘍のダメージが大きいということになります。実際に、培養した腫瘍細胞と正常細胞に放射線を照射し比較する実験でも少ない回数で照射した方が相対的に腫瘍に対する効果が高く、この理論が正しいことが証明されました。
海外で行われた実際の多数の患者さんの治療結果でも、乳がんでは少ない回数での照射で治療成績が下がらない(すなわち、再発率や生存率に差がない)ことがわかってきました。また、副作用も同等かむしろ少ない可能性があるようです。
このまとめの報告(レビュー)では幾つかの分割法のくじ引き試験を比較していますが、特にSTART-B試験という比較研究では50Gy・25回分割法と40Gy・15回分割法を比較して、少ない分割(寡分割照射)で実際にかなり良い結果が出ています。図(文献1より)では、総線量50Gyを25回分割で照射した群(赤)と40Gyを15回分割照射(緑)の無病生存率(疾患の再発がない状態)の比較を示しています。緑の寡分割の線が上にきており(再発が少ない)、通常分割よりやや良いようにも見えますが、統計学的にはほぼ変わらないと言えます。短期間で治療できることが利点です。
この研究は英国で行われたものですが、英国ではほとんどが寡分割照射です。米国のガイドライン(米国放射線腫瘍学会)では、乳腺温存療法後の術後照射は基本的に寡分割で行うことが推奨されています。英国のガイドラインでは、全摘後照射を含めて広く寡分割で行うことが推奨されています。
さらに最近の報告では、5回の照射でも同等の治療成績が得られることが判明しています(文献2)。しかし、何らかの理由で特別に急ぐ患者さんを除き、長期の結果が出揃うまでこの方法でおこなうのはもう少し待ってからの方が良いように考えます。
当院でも乳房照射は15回または19回(ブーストあり)の寡分割照射をおこなっています。患者さんにもより優しい治療になっているといえます。
参考文献
1) Lancet Oncol. 2013 Oct;14(11):1086-1094.
2) Lancet . 2020 May 23;395(10237):1613-1626.
監修 総合東京病院 放射線治療センター |
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